【ブランド紹介】ニチレイフーズ 業界のエポック・メイキング企業、ブランド認知度ダントツ

冷凍食品=ニチレイ、冷凍食品のブランド認知ナンバーワンのリーディングカンパニーです。ニチレイは2016年に創立70周年を迎えました。創立当時は「日本冷蔵」なので、日冷。日本冷蔵からニチレイに社名変更したのは1985年です。CI:コーポレート・アイデンティティ、「なんですかそれは?」ってカタカナ語が苦手な人口比率がまだまだ高い時代に、先取りで突っ走っていく勢いのある企業として、この社名変更は注目されましたね。

ブランドはニチレイで、なんでニチレイフーズかというと、2005年に事業別の会社になったから。フーズはもちろん食品事業。ニチレイの傘下にはニチレイフーズの他に、水産品と畜産品のニチレイフレッシュ、低温物流事業のニチレイロジグループ、バイオサイエンスのニチレイバイオサイエンスがあります。

ニチレイといえば最近はこれですね。冷凍米飯№1の「本格炒め炒飯」の刷新(2015年春)でCM起用の五郎丸選手(本社ビル1階ニチレイショップ前のパネルです)。フィギアスケートだろうというご意見もあるとはおもいますが。

CM動画はこちらからどうぞ↓
ニチレイフーズCM
年末は「ニチレイの唐揚げが好きだ!」って高校生男女のCMが目を引きました。
そうなのです。ニチレイフーズといえば、コメと鶏とイモ(コロッケ)なのですね。主に。もちろん、他にもいろいろあります。

知っているようであまり知られていないかもしれないのは、健康管理ができるコントロール食のダイレクト販売でしょうか。塩分、たんぱく、糖質、カロリーなどを制限する必要がある方々に大いに貢献しています。コントロール食の食事作りをサポート。冷凍食品だからこそできること、ですねぇ。
ニチレイフーズのダイレクト販売

はい、いつもにこやかなニチレイの大谷社長です。机にあるのはニチレイの水!。他にアセロラが有名ですね。原料を一から開発したのがニチレイです。開発秘話がかつて1冊の本になったほど。

エフエフプレス的には、これ押しです。

炒飯の妖精「イタメくん」。ゆるくてLovelyです。

先日、第一次南極越冬隊の食糧で冷凍食品が開発されて60年という話題を取り上げましたが、この冷凍食品を開発した功労者がニチレイ。南極観測船「宗谷」が出航したのが1956年11月、南極到着が1957年1月でした。
60年前南極観測越冬食糧に冷凍食品

次のエポックは、東京オリンピック1964。女子選手村食堂の調理を任された帝国ホテルの村上信夫シェフ。効率的にバラエティ豊かなメニューを提供して、しかも食品の市場価格高騰を招かないようにと冷凍食品の活用を思い立ったシェフを技術面で支えたのはニチレイでした。

晩年、講演会で冷凍食品開発の思い出を語る村上シェフ。「冷凍食品がなければオリンピックの成功はなかった」
1964東京オリンピック成功の影に冷凍食品あり

さらに、大阪万博(1970年)の時も、ニチレイは冷凍食品を使ったレストランを出店していたのです。その後、外食産業向け、業務用分野の冷凍食品は大きく伸びていったのでした。

ちょっと遡ると、日本で冷凍食品が世の中に認められた(ヒットした)スタートはというと、学校給食向けの食品でした。タラを原料にしたフィッシュフライで「スティック」(当時の人たちはスチックと発音していたらしい)が1955年あたりから各社で生産されて、1959年に大ブレイクしたのがニチレイの「三色スティック」(1956年から生産)でした。これも冷凍食品業界のエポックなのです。

忘れてならないエポックをもう一つ。1994年発売の「新・レンジ生活 衣がサクサク 牛肉コロッケ」。レンジでできるお弁当フライのエポック・メイキング商品です。

さてさて、ぐっと現在に立ち戻って、ニチレイフーズ、今期業績絶好調。本格炒め炒飯の刷新以降、いろいろヒット商品を出してます。

なんか黒っぽかったり茶色っぽい。最近のパッケージのトレンドですね。

ということで、年末会見も明るい雰囲気。

 

左から、ニチレイロジグループ松田社長、ニチレイ大谷社長、ニチレイフーズ池田社長、ニチレイフレッシュ金子社長。

会見を終えての懇談で、ニチレイフーズ池田社長曰く、「漢字一字で表現すれば『跳』か、いやいや『始』です」(註:ちょうど今年の漢字「金」が話題でした)。良い商品が生まれて、マーケットに受け入れられる。利益が出る。そしてまた良い商品が開発できて人々の暮らしの役に立つ。冷凍食品が創りだす幸せの循環スタートを感じました。

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