日本における冷凍食品事業発祥の地、北海道・森町で、10月13日、「冷凍食品事業発祥100周年記念碑」除幕式が行われました。同記念碑設置は、森町と一般社団法人日本冷凍食品協会の共催事業です。設置場所は町内のオニウシ公園。序幕セレモニーを行ったのは、森町の岡嶋町長、同教育委員会増川教育長、同町議会野村議長(向かって左側)、冷食協大櫛会長、木村専務理事(右側)。旗を振って祝ってくれたのは、町立森幼稚園の年長さん“ひまわり組”の園児のみなさんです。

同地に、山口県出身の実業家、葛原猪平(くずはら・いへい)氏によって、凍結能力日産10トンの冷蔵庫が建設されたのは1920年(大正9年)。100周年は昨年でしたが、新型コロナウイルス流行のために1年延期の事業となりました。9月に除幕式と記念式典を予定していましたが、今回除幕式のみで式典は中止に。


記念碑は地面からの高さが1m18cm。冷凍食品の管理温度「マイナス18℃以下」にちなんだものです。碑文には『冷凍食品100年、そしてその先へ』と刻まれています。

大櫛会長挨拶:1920年(大正9年)、この森町で、日本の冷凍食品事業が産声を上げました。噴火湾に面した森町は、豊かな水産資源に恵まれた地ですが、それに着目したのが、実業家で、後に衆議院議員を務めた葛原猪平氏です。当時、アメリカで学んだ冷凍技術に着目し、アメリカ人の
冷凍技術者とともに帰国して、森町に日本最初の大型冷凍設備を建設しました。さらに各地に冷凍冷蔵倉庫を建設したほか、冷蔵運搬船を建造するなど、当時としてのコールドチェーンの確立に大いに貢献しました。この森町での冷凍食品事業は、その後も連綿として継続され、現在のニチレイフーズ森工場として繋がり、地域産業の発展に貢献して参りました。
日本の冷凍食品産業が本格的に発展するのは、戦後になってからです。一つの大きなきっかけは、1964 年(昭和39 年)の東京オリンピックの選手村で、冷凍食品を使った料理が好評を博したことです。その調理を担った多くのシェフが各地のレストランなどの業務用分野で冷凍食品の活用を広げました。今回開催された東京2020オリンピックの選手村でも、数多くの冷凍食品が提供され、好評だったことが報道されていました。
また、電気冷蔵庫の普及やスーパーマーケットの店舗が急拡大する中で、1980 年頃には、冷凍食品の製造から家庭での保存まで、近代的なコールドチェーンが確立しました。その後、所得が増加する中で家庭用需要が大きく伸びる一方、冷凍食品メーカーも、主食、主菜、副菜からデザートに至るまで、あらゆる食シーンに対応できる商品を数多く提供してきた結果、家庭用冷凍食品の今日の隆盛を迎えています。
本来であれば、100 年に当たる昨年に、記念碑の建立、記念式典を開催する予定でしたが、コロナ禍の中で延期せざるを得ませんでした。さらに、本年も、森町の皆様のご尽力により準備を進めて参りました記念式典を中止せざるを得なくなり、全く残念で堪りません。
しかしながら、森町のこの憩いの場に、日本の冷凍食品発祥の立派な記念碑が建立されまして、永遠に語られる礎が完成したことを、冷凍食品業界としても大変喜ばしく思います。
日本冷凍食品協会では、今年度からのスローガンとして「べんりとおいしいのその先へ 冷凍食品」を掲げていますが、この森町からスタートして1世紀を経た現在、今後の冷凍食品の在り方を示すものと考えております。
結びに当たり、日本の冷凍食品産業のますますの発展、北海道と森町のご発展、そしてご参列の皆様のご健勝とご多幸を祈念して、ご挨拶といたします。(以上一部省略)

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